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Clinical inertia(臨床的惰性)

「Clinical inertia」は臨床的慣性と訳される単語です。難しい表現ですが、物理学で惰性というと、ボールがコロコロと転がり続けるイメージになりわかりやすいと思います。病気に対する治療目標の未達にも関わらず適切な治療強化が施されていない状態といえます。糖尿病治療の「Clinical inertia」は、患者の血糖管理が不十分でありながら、積極的な治療介入が行われていない、もしくは先延ばしされている状態であり、これが日常診療でしばしば経験し、現在多くの研究・報告が行われています。

その一部を紹介し、原因についてお伝えします。

海外の報告では、2年以内に目標HbA1cを達成できた患者は56%と約半数に留まるとされています。また、HbA1cが目標値を超えて上昇してから、治療強化までの期間の中央値が1年以上であったとする報告や、日本でも基礎インスリン使用中の2型糖尿病患者で治療強化の必要があると認定された患者のうち21%しか積極治療を受けていないという報告があります。このように糖尿病治療の「Clinical inertia」が国内外で一般的な現象であり糖尿病を専門にする私も残念ながらこの惰性を打ち破るのは難しい事が多いです。

ここからは専門的な話ですが、この惰性の背景については、

①注射や自己血糖測定の心理的負担

②医療費

③糖尿病治療の複雑化

が示されています。

①について、インスリンやGLP-1受容体作動薬の皮下注射に対する苦痛や心理的抵抗はよく遭遇します。そのため、多くの患者様が血糖値悪化への最初の対策として生活習慣の改善を試みる方を好み、治療介入が遅くなってしまいます。

②について、治療強化に必要なGLP-1受容体作動薬やインスリン製剤は高価であり、その治療導入と継続に躊躇が生まれやすいのも事実です。

③については、近年SGLT2阻害薬をはじめ新規薬剤の出現が相次ぎ、他の糖尿病を専門にしていない先生には治療強化への不安から積極的治療への抵抗が生まれます。そして、ほとんどの地域で糖尿病専門医の数が不足し、予約の待ち時間や診察時間を確保出来ないなど制約もあるのも事実です。

医師、患者、医療システムなど複数の要因によって生じる糖尿病の「Clinical inertia」に対して当院でも私だけでなく看護師や栄養士とともに、迅速かつ適切に患者中心の方法で治療を強化することを掲げています。

糖尿病患者の治療目標が達成できていないことは深刻な公衆衛生問題に繋がりかねないため、当院ではスタッフ一丸となって患者様とともに治療について考えていきます。

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